巷でハイレゾハイレゾとか言ってるのにはあんまりそそられないというか,
今度こそ流行らせようとまた新しい名前をつけて売り出してる感というか,
一昔前だと「(笑)」がつきそうなネーミングだよなとか,
俺個人がどう思ってみたところで,
「同じ音源がより高品質に提供されるのなら,そちらを選ぶのが正義」という至極真っ当なプレミアム感というか次世代感に訴求力があるのは疑う余地もないですし,今回は再生機器の方もしっかり固めてることで市場の体を成してきているのは確かですよね.
ところで,そのハイレゾ音源の基本的フォーマットである
「24bit 96kHz」の優位性って,果たしてどこまで理解されているのでしょうか.
まず,24bitについては直感的に理解しやすいし,理屈で消化できている人も多いと思います.
1サンプルにつき情報量が8bit増加したら,2^(8)=256.
音の強弱を256倍繊細に表現できる.色に例えると
「階調が細かくなる」ことに相当します.
しかしもう一方,サンプリングレート96kHzの優位性については,結構煙に巻かれている所があると思うんですよね.
細かい理論はここではハショりますが,CDの44kHzサンプリングというのは,「人間はたかだか20kHzくらいまでしか聴きとれない」という事実を反映して設定されています.
ということは,
96kHzで収録したことによって増加した情報量は,人間には聴こえない周波数域のもの.色に例えると不可視光…
「紫外線を映して何が嬉しいのか」という話に相当します.
たまに
「サンプリングレートが上がると音の立ち上がりが速くなる」と主張する人がいますが,その「速くなったぶん」が,周波数で表すと正に20kHz以上の成分ということになるので,
結局聴こえないんだから理屈としては間違ってます.24bitによってアタック感が繊細に表現出来ることと混同していると思います.
聴こえない音を録音して何かが変わるか
…そんなこんなで,聴こえない音が収録されていたり再生できたりするハイレゾ界隈ですが,
自分としては
「96kHzサンプリングは無意味」と思っているかというと,きっぱり否.有意な違いがあると認識しています.
というのも,
「聴こえない音が録られていることによって,聴こえる音にも変化が生じる」という現象が,
実用上確かに存在するからです.
音楽制作なんかをしている人であれば言葉でパパパっと通じるとも思いますが,今回は,この現象が端的に解る例を具体的に示してみます.
超音波を聴く実験
以下でリンクを張るwavファイルは,いずれも24bit 96kHzフォーマットで保存されています.MIMEでQuickTimeを呼んでる場合などは問題ないですが,環境によっては再生できない場合があります.ダウンロードして対応したソフトで再生して下さい.まず,聴こえない音を用意しますw
Pure Dataで,
「48kHzの正弦波のボリュームを1秒周期で増減させる」データを作り,24bit 96kHzのwavファイルを作って保存しました.
●
48kHzの音sin48k.wav(聴こえたら凄いです)
Logicで開くとこんな感じです.
(96kHzのサンプリングレートで録る48kHzの音は,1周期につき2点しか取れないので,サンプリング点を直線で結ぶとどう頑張っても三角波になります)
これを再生してLogic付属のMultiMeterで様子を見てみます.
スペアナには検出領域を越えているので何も表示されませんが,レベルメータのほうはしっかり振れており,48kHzの信号が確かに流れていることがわかります.
これを仮想的に,
「聴こえないけど,録れていた音」だと想定して,ギターのカッティング音に混ぜこんでみましょう.
●
ギターのカッティングgtr_plain.wav●
ギターのカッティング + 48kHzの正弦波gtr48k_plain.wav波形としてはそのまま足し合わされた形ですが,48kHzの正弦波は依然として聴こえることはありません.
ここからが重要.これらの音に
コンプレッサーをかけてみます.
コンプレッサーというのは,まぁ瞬間瞬間の音の大きさに応じてボリュームが自動的に変わる機器だと思っていいです.本来は音の粒を揃えたりするのが主な用途です.
●
ギターの音にコンプレッサーをかけた場合gtr_cmp.wav強くピッキングしている所が抑えられ,相対的に弱く弾いている部分が持ちあがります.音の粒が揃った感として聴き取れると思います.悪く言うと迫力が失われた感ですね.
では次,
●
ギターの音に48kHzの正弦波を足してコンプレッサーをかけた場合gtr48k_cmp.wav聴いての通り,
48kHzの正弦波に対してコンプレッサーが働き,ギターの音がそれに引きずられて変化していることがわかります.
非常に単純な例ですが,
「聴こえない音が,聴こえる音に影響を与える」ことを端的に示しています.
ぶっちゃけ実験するまでもないほどシンプルな理屈ですが,この現象について触れている人が見当たらなかったので敢えて用意してみました.
非線形効果
上の実験で示されたような効果は,
非線形(ノンリニア)なシステムに現れる現象です.
非線形なシステムって何ぞや?というと,
オーディオ関係では
「音の大きさによって振る舞いが違うもの」の事だと理解していいと思います.
典型的には,
エコーやコーラスは音の大きさによらず同じ働きをするので線形.
コンプレッサーや歪み系エフェクトは入力音の大きさで出音が変わるので非線形といえます.
音の大きさによって振る舞いが違うもの…そう,
マイクもアンプもスピーカーも,部屋や耳だって(空気すらも),非線形な性質を含んでいるのです.
これらがボリュームによって音が変わることはよく知られている事だと思いますし,音質を語る時の
「音の分離が良い・悪い」という表現とも大きな関わりがあります.
ドラムとピアノを同時に鳴らした音からドラムの音を取り除いた時に,元のピアノの音が完全に復元できれば,それは理想的な線形システムです.しかし実際のアナログ機器,特にパワーアンプや駆動部を伴うコンポーネントではそんな特性はそうそう出ません.逆に
真空管なんかは,入出力が全然線形じゃないのが逆に重宝されているのは皆様ご存じの通りです.
何にしても,あらゆる機器には上の例で挙げたコンプレッサーのように非線形に音を変化させる性質が多かれ少なかれ存在し,それぞれに
個性を与える要素の一つになっているのです.不可聴域の成分が混ざったことで信号の波形が変わるのなら,それに伴って非線形システムの振る舞い(コンプの効き方)が変わり,結果として可聴域の音にも変化を及ぼすのです.
ちなみに,よく機材のスペックシートで周波数特性を確認したりしますが,周波数グラフの理屈の基礎になっているフーリエ変換は,それぞれの周波数成分が線形(リニア)に足し合わされることを前提としています.
このため,
周波数特性のグラフを見ても音の大きさに対する振る舞いは解りません.といって,歪率も定常信号の入出力特性を測定したものに過ぎないので,アタック,飽和領域,リリースなど過渡的な信号に対する振る舞いを観測できてはいません.信号に対して微分的・積分的に作用する要素が存在し,定量的な評価は困難を極めます.
というわけで
今回は意図的に変な音波を混ぜて出力が変わることを示しただけですが,楽器の録音の場合も同様で,
不可聴域の成分が録音されていると,再生時に可聴域の音に影響を及ぼすということが言えます.
「聴こえない音でも,聴き手にとって意味のある情報である」,すなわち
「96kHzサンプリングによる音質変化はある」ことの説明に足りていると思いますが,いかがでしょう.
ただし,今回の実験のように高周波成分がノイズとして乗っていることを「やった!聴こえない音も収録した!」と許容してしまい,結果として本来の音に悪影響を及ぼす…なんていうストーリーだってあり得るわけですよね.
そういったリスクも孕んだハイレゾ対応を謳う音響機器.不可聴域の成分についてどの程度ケアされているのかは知りませんヽ(´ー`)ノ
もし今まで通りフィルタで20kHz以上を遮断しているとすると,何か詐欺くさい雰囲気が漂いますが.
人間性能については,部屋や耳や空気も非線形な性質を含んでいるので,
「20kHz以上の音波が聞こえなくても,20kHz以上の成分が含まれた音源の聴き分けはできる」という人や環境が存在する可能性は,そんなこんなで
十分信じるに値します.
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